引退試合 〜一陣の風〜

私は中学3年間バスケ部に所属していた。

チームは弱小だったが厳しい顧問のもと、練習はめちゃくちゃキツかったし副キャプテンとして指揮をとったりそれなりに充実した3年間だった。

 

 

夏の総体。

 

 

3年生にとっては最後の大会。

全ての中学生はこの大会に勝つためだけに毎日汗をかく。

 

一回戦。

試合中にいつものごとく鼻血を出し、血まみれになって交代するというアクシデントはあったものの、難なく圧勝。

 

続く二回戦。

県大会にも出場している強豪と当たってしまった。

下馬評では私たちが勝つと思っている者など誰もいない。やってやろう。

試合前円陣を組み、気合を入れる。

 

しかし結果は敗北。

私の中学のバスケ生活は市二回戦負けというあまりにもあっけない幕切れとなった。

 

 

皆が下を向き体育館を後にする。

もっとフィジカルを強くすればよかった。

あのシュートを外さなければ。

ボールを取りこぼさず手に収められていれば。

色んな思いが交錯し、涙となって視界を歪ませるが後悔してももう遅い。

 

三角座りになって円を作り、最後のミーティングが始まる。

こうやって皆で囲いあって陣を組むのも最後だ。

 

 

猛将S先生の熱い金言の一つ一つを胸に刻む。

 

「お前たちは確かに強くはなかった。前の代がそこそこ強かったのもあって2年生の時にあまり経験を積ませてやれなかったし、練習試合でもよくて5分5分くらいの勝率だった。

だかお前らが目に見える形でこの部活に残してくれたものがある。それは部員だ。」

 

私を含めた3年生全員が涙を堪えている。

S先生は続ける。

 

 

「2年前は10数人しかいなかった部員がお前らの代を皮切りに倍増した。今じゃ40人ほどを抱える大所帯だ。」

 

 

確かに部員数はめちゃくちゃ増えた。

私をはじめとして部員の多くが生徒会活動や委員会など人の目に触れる機会が多かったことが集客に繋がったことは否めない。

 

 

 

「強い部活には必ず部員がたくさんいる。お前たちの残してくれたものは財産となって必ずこの部活を強くする。改めてお礼を言いたい。本当にありがとう。」

 

 

 

今まで憎しみの対象だったS先生の感謝の言葉に胸打たれた。

もう少しで涙が溢れる…!その瞬間だった。

 

 

 

ブッ

 

 

 

 

へ?

いや屁だ。

完全に屁だ。

まごうことなき屁だ。

 

S先生が屁をこきやがった。

三角座りしてるによって肛門と床の間に絶妙な空間が生まれ、放屁音は何にも邪魔されることなく響き渡った。

 

緊張と緩和。

絶対に笑ってはいけない状態でそんなことをされたら面白いに決まっている。

 

今まで堪えていた涙はどこへやら、今度は笑いを必死に堪える羽目になった。

部員全員が肩を震わせ、我慢している。

めちゃくちゃ良い話がただの苦行の時間に変わってしまった。

 

 

 

皆がなんとか笑わまいとしているのにS先生も気付き、途中で

「まあ今ちょっと屁出たけど」

とワンタッチして話を続けた。

 

ワンタッチで誤魔化せるはずもなく、3年間お世話になった猛将S先生の金言はそれ以降

引退試合の感動のミーティングで屁をこくおっさんの話にしか聞こえなくなり、

正直全く覚えていない。

 

 

 

夏のある日。

吹き抜けた一陣の風。

今もまだ忘れ得ぬ風の音と匂い。

ほろ苦く胸に残る夏の思い出。